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肺腫瘍闘病記 ブログトップ
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#1 ことの始まり [肺腫瘍闘病記]

2009年9月。
突然、職場の庶務に電話で呼び出されました。
行くと、7月に受けた職場の健康診断のレントゲンに異常があるので、
精密検査を受けるようにとのことでした。

その時私は、あまり深くこのことを受け止めてはいませんでした。
実は、健康診断の半年前に人間ドックを受けていて、
その時のレントゲンでは「異常なし」だったのです。

面倒だと思いながらも、職場で精密検査を受ける期限を決められてしまったので、
仕方なく家の近くにある総合病院に行きました。
「異常ありませんよ」という言葉を期待して。


精密検査の前のレントゲンを再度撮ったのは、10月のことでした。
レントゲンの後で診察という流れだったのですが、
1時間以上待たされた後で、診察室に通されました。
ドクターには「やはり右肺に影が見られます。しかし、この程度の大きさで見つかったのはラッキーです。
2週間後にCTを撮って、さらに詳しく影を見たいのですが」 と、言われました。

この時初めて私は、自分にただならぬことが起きていることに気づき、
CTを撮ることに同意しました。

2週間後、CTの画像に写っていたのは、
右肺の端の方に、直径1cmの白い塊が2つ、ひょうたん状にくっついているものでした。
この段階では、その正体が腫瘍か結核等の菌か、肺炎の跡かが分からないということで、
血液検査をしました。
血液検査をした結果、菌の可能性が消えたため、
腫瘍か肺炎の跡かの経過観察をすることになりました。

次回はその後の検査について触れたいと思います。
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#2 改めて病院を決める  [肺腫瘍闘病記]

2010年1月。
呼吸器内科のドクターから、ある提案をされました。

肺の影が良性のものか悪性のものか分からない。
私が60代以上であれば、進行がゆっくりなため、このまま経過観察を続けるが、
私の年齢(アラフォーです^^;)を考えると、進行が早いものの可能性があるため、
そろそろ確定診断をした方がいいのではないかと。

その後、確定診断のための方法をいくつか提示されました。

私の肺の影は、気管支寄りではなかったため、
患部に直接アプローチする方法として、針を刺して検体を取る方法か、
胸腔鏡を使って検体を取る方法が現実的だろうと言われました。

どちらにしても、これらの方法は手術という形になるということで、
呼吸器外科のドクターと検討させてほしい。
結果は2週間後までに出すので、また病院に来てほしいと言われました。


自覚症状は全くなかったのですが、
だんだん話が大事になっているので、
私はここで肺の影の最悪の結果である「肺がん」について知ろうと思いました。

まず本屋に行き、肺がんの治療法や予後について立ち読みしました。
(この時点では、ぢろ母に内緒だったので、家に本を持ち込めなかったのです)

そこで私は、肺がんは高齢者に多いがんで、
若いがん患者が少ないことを知りました。
また、「がん」の中では、5年後の生存率が80%と一番低く(他の「がん」は90%台)、
それは3年以内に、リンパ節や骨、脳に転移することで再発しやすいからだということを知りました。

確定診断の選択肢として提示された、胸腔鏡(内視鏡の一種)による検体の摘出は、
その場で悪性であると分かれば、患部の摘出手術を続けて行うことができ、
体のダメージが少ないことが分かりましたが、
その設備を持っている病院は全国的に少なく、
扱えるドクターもまだまだ少ないということでした。


何冊か読んでいろいろと考えた結果、
通院している病院はたまたま胸腔鏡の設備があり、手術の実績もあることから、
セカンドオピニオンを求めず、引き続き頼ってみることにしました。
病院は、大学病院と提携しており、いざという時には、そちらで治療を受けることも可能です。

病気と闘う場所を決めたところで、
私は現在の呼吸器内科のドクターを信じて、結果を待つことにしました。
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#3 PET検診を受ける [肺腫瘍闘病記]

2010年2月。
結果を聞きに病院に行きました。

呼吸器外科のドクターと検討した結果、
私の肺の影は腫瘍のようではあるが、肺炎の跡という可能性も拭えない。
今の段階で、外科手術をして検体を採取して確定診断を行うことは、
私の体をいたずらに傷つけてしまう可能性もある。
そのため、検体の採取は行わないということでした。

かわりにPET検診を受けてみないかと、ドクターに提案されました。

PET検診は、がんの確定診断方法の一つです。
がん細胞は、増殖するときにブドウ糖を多く消費します。
その性質を利用して、造影剤にブドウ糖を入れた物を体内に注入し、
CTよりもさらに強い放射線を照射することで、
脳以外の全身にがんがないかを見ることができます。
(脳は、もともとブドウ糖を多く消費する場所なので、この方法は使えないとか)

ただデメリットもあります。
・全てのがんが分かるわけではない
・保険証3割負担でも、患者の負担額が3万円以上する

私は早くはっきりさせたかったので、PET検診を受けることにしました。

PET検診は、かかりつけの病院ではできないため、
県立のがんセンターを併設している病院に行きました。
ぢろ母にはこの時点ではまだ内緒だったため、
自宅には病院から自宅に電話を入れないようにお願いしていたのですが、
検査前日には、連絡ミスで検診を行う病院から確認の電話が自宅にかかってしまうハプニングがありました。
(この時、ぢろ母には「人間ドックを受ける」とごまかしました)

検診の結果、とりあえずこの時点ではがんの可能性のある場所が
私の体の中には見つかりませんでした。

5月に再度CTを撮って、今後の治療方針を考えていこうということになりました。
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#4 収束するはずが… [肺腫瘍闘病記]

2010年5月。
CTの結果は異常なし。
この「異常なし」とは、肺の影が成長していないことを表します。
8月と9月に、私が行っていた大学院での単位取得のための実習が予定されていたため、
次回のCTは、少し時間をあけて10月となりました。

2010年10月。
CTの結果、ドクターから不思議なことが起こったと言われました。
直径1㎝の2つの影が、両方とも直径5mmに小さくなっていました。
次回は3月にCTを撮って様子を見ましょうと言われました。


このまま、影が消えてしまうのではないかと、
その時は勝手にそう思っていました。


2011年3月。
CTの撮影と診察の予約日は、東日本大震災の1週間後でした。
しかし、震災の影響で通院していた病院にはかなりのダメージがあり、
急患と再来の患者しか受け入れの出来ない状況でした。
私は経過観察中だったため、診察を後日にしてもらうつもりで、
病院に問い合わせの電話を入れました。
しかし、電話に出られた方には
「予約が入っているのですから、都合が悪くなければ来てください」と返答されました。

「私のことはどうでもいいから、急患を優先してくれればいいのに」
そんなことを思いながら病院に向かいました。
案の定、病院の外来は患者でごった返していました。

CTを撮り、診察室に入ると、
ドクターは少し険しい表情をしているようでした。
昨年の10月の時点で直径5mmだった肺の影が、
5ヶ月の間に2つとも直径1.5cmに成長してしまっている。
これまで1年半経過観察を続けてきたが、今度こそ確定診断をした方がいいと考える。
しかし、水戸市近辺の病院では震災の影響で検体を取る手術ができない。
県南にある大学病院に紹介状を書くので、大変だがそちらに行ってほしいと。

4月に職場復帰を予定していた私には、寝耳に水の話でした。

仕事はどうしよう。ぢろ母にはどう説明しよう。

そんなことを思いながら、大学病院への紹介状とこれまでの検査データを渡され、
病院を後にしました。
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#5 大学病院に行く [肺腫瘍闘病記]

一週間後。
地元のドクターの紹介状を持って、県南にある大学病院に行きました。
自宅からは、高速道路を利用しても1時間半近くかかる場所です。

ぢろ母には、さすがにこれまでのことを話さないわけにはいかなくなりました。
ぢろ母は、これまでに大腸がん(ステージⅡ)と甲状腺がん(ステージⅠ)を克服しています。
だからこそ、これまでの通院は知られたくなかったわけなのですが、
震災の余震が頻繁にあったこともあり、全て話して、通院に付き合ってもらうことにしました。


大学病院では、呼吸器外科のドクターの診察を受けました。
そのドクターも、肺にあるものが良性か悪性かの確定診断をした方がいいとのことだったので、
胸腔鏡を利用した組織検査をすることにしました。
あっという間に入院日が決まり、GW後に最大2週間程度の入院をすることになりました。

さっそく血液検査。
アレルギーや生活習慣病の有無、がんの可能性などを調べるために、9本も血液を摂りました。


職場には何と言えばいいだろう。
そんなことを思いながら。
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#6 手術前日 [肺腫瘍闘病記]

職場の上司は、
大学院に行くために仕事を2年間休職し、
4月に職場復帰をしてすぐにまた療休をとってしまう私に理解を示して送り出してくれました。

大学院で学んだことは仕事に直結していることなので、
再び職場復帰した時にそれが生かせればいい。
心配しないで、しっかり治してこいと。

実は、私が入院を報告した上司は、
半年ほど前に胃を1/3摘出していた人でした。
似たような経験の者同士ならではの励ましの言葉もいただきました。


2011年5月、入院。
入院日は、手術前日でもありました。
前日ということでのんびりさせてくれるかと思いきや、
とても忙しい一日でした。

入院手続き・動脈からの血液採取(酸素の状態を見るためだとか…)・レントゲン・薬剤師からの服薬チェック・
麻酔医からの手術の説明・ドクターからの手術の説明・同意書の署名…

ざっと思い出してみるとこんな感じですが、
他にもあったような気がします。
大学病院での入院だったので、やたらと同意書にサインしました。
患者は研究材料でもありますからね…^^;。

あまりに忙しかったせいか、
この時点でも、私は自分が受ける手術について他人事でした。
ナースはいろいろと気を遣って話しかけてくれましたが、
自覚症状が全くなく、CTの画像上でしか見たことがない肺の影に
私はまだ実感がわきませんでした。

就寝前に、睡眠薬が処方されているので
服用するかどうかの確認がナースからありました。
私は眠れそうだということで服用を断り、翌日の手術に向けて、ぐっすりと眠りました。
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#7 手術 [肺腫瘍闘病記]

いよいよ手術当日。
ストレッチャーに乗せられて、手術室に向かいました。

ナースと冗談交じりに会話をしていたので、
手術慣れしているのかと聞かれ、
手術は今回が初めてだと答えると、驚いた様子でした。

手術台に乗せ換えられ、麻酔の準備。
術後の痛みにも対応できるようにということで、
麻酔を注入するための細い管を背中に通されました。
仰向けに寝てみても背中の管を感じないのが不思議。

鼻と口に酸素マスクを当てられ、私の意識は遠のいていきました。

私の受けた手術は、胸腔鏡という内視鏡の一種を利用した手術です。
右肺にアプローチするために、右腕を上げた状態で横向きの姿勢にさせられます。
右脇の肋骨と肋骨の間に3ヶ所、最大5cmの切開を入れ、
そこに機具を挿入して、患部の組織を一部切除します。
簡易検査ののち、患部の組織が腫瘍であることが確定した場合には、
腫瘍だけの切除(縮小手術)、あるいは腫瘍のある肺の中葉部が全て切除になります。

肺は普段ふくらんでいる状態ですが、
機具を入れるスペースを確保するために、患部側の肺は空気を抜かれます。
片方の肺と、気管に入れた管で、私の呼吸は確保されます。
そのため、全身麻酔の手術となります。

名前を呼ばれ気がついた時は、まだ手術室の中でした。
のどのあたりに異物感がありましたが、それは気管に通った管のせいでした。
挿入するときには、意識がなくてもいいようなのですが、
抜くときには、意識が戻ってからの作業になります。

それからぼんやりとした時間を過ごし、
私は集中治療室で一泊することになりました。
集中治療室に着くと、ぢろ母が
「先生が腫瘍は良性だって言ってたよ」と話しかけてきました。
時間を聞くと、手術室に入ってから5時間が経過していました。

ここから2時間、仰向けで絶対安静でしたが、
それが過ぎると自分で寝返りを打っていいと言われました。
でも体中管だらけで、肺が半分しぼんでいるせいで呼吸も少し苦しく、
自由には寝返りが打てない状態でした。

人工呼吸器の管・点滴の管・麻酔の管・体内の傷口の液体を体外に出すドレーン管・尿を出す管・
血中酸素飽和濃度を測る機具のコード・
肺塞栓症(別名:エコノミークラス症候群)を予防するための両足についたマッサージ器のコード。

自分は自分が見えないけど、
ぢろ母にとっては、かなりショッキングな姿だったのではないかと思いました。

そして肺腫瘍は、良性である可能性は全体で5%とのこと。
手術中の簡易検査と腫瘍の様子とで「とりあえず良性」とは言われましたが、
摘出した腫瘍の細胞をしばらく分析して最終診断が出るのは3週間後。
まだまだ安心はできないと思いながら、
麻酔の冷めきらないぼんやりとしたままで、私はまた眠りに落ちました。
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#8 術後1日目 [肺腫瘍闘病記]

集中治療室で一晩過ごし、
名前を呼ばれたので目を覚ますと、大勢のドクターに囲まれていました。
大学病院ならではの、1日2回の回診の時間でした。

起き上がり、水をスムーズに飲み込めるかどうかのテストをしました。
軽くブクブクうがいをした後で、水を飲み込みましたが、
特にむせることはありませんでした。
お昼から普通食を食べてもよいと許可が下り、
酸素マスク・尿を出す管・血中酸素飽和濃度を計測するコード・足のマッサージ器が外されました。
若干身軽になりました。

一般病棟に戻れることになったのですが、
移動は車いすでした。
ベッドから起き上がり、車いすに乗り移った瞬間、急に吐き気がしました。
女性は麻酔の副作用で、二日酔いのような症状が出やすいそうで、
吐き気止めの薬を追加で点滴してもらいました。

昼食前までには吐き気がなくなり、
昼食は半分ほど食べることができました。

昼食の後しばらくして、
肺炎防止のために、痰をしっかり出すことと、歩くことをドクターから言い渡されたことを思い出し、
病棟のフロアを一周してみました。
まだ右肺が手術前のようにふくらみきっていないので、
過呼吸のような状態になりながら、なんとか一周歩きました。
同じ病室にいる人に心配されるほど真っ青な顔でベッドに戻り、
こんなリハビリが続くのはつらいと思っていたのですが、
2時間たってからもう一度歩いてみると、初回とはうって変わって歩きやすくなっていました。
でも、普通の早さで歩くにはまだまだ時間がかかりそうです。

もう1つの問題は、肩の痛みでした。
手術終了後から、手術中に上げていた腕のせいで、
右肩がひどく凝っていました。
さすがにこれは麻酔がきかないそうで、
湿布を処方してもらいましたが、この痛みは丸二日消えませんでした。
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#9 術後2日目~術後5日目 退院 [肺腫瘍闘病記]

術後2日目。
手術についての詳しい説明は、私が聞く前にぢろ母に聞かせないようにとお願いしていたので、
(ぢろ母は、がんのサバイバーだけでなく、元ナースでもあります)
朝食後のまだぢろ母が来ない時間に、主治医から説明がありました。

肺の組織を取って簡易検査をした結果、良性と判断したため
良性腫瘍の部分を切除するのみの縮小手術を行った。
経過が良好のため、日曜日(手術日が火曜日だったので、術後5日)には退院できるだろう。
摘出した腫瘍の分析は3週間かかるので、最終的な診断名はその後確定する。 と。

説明後、点滴の管とドレーン菅が外されました。
夕方には麻酔の管も取れ、自由になれるとのこと。
麻酔の代わりに痛み止めが翌日から処方されるとのことでした。

この日は、患部周辺の筋肉痛に悩まされました。
前日の夕方にまた麻酔の副作用で吐き気が出て、夕食が食べられなかったため、
麻酔の量が半分に減らされていたのです。
横隔膜の周辺の筋肉と腹筋が、無意識に傷をかばっているために痛み、
ベッドから起き上がるのが苦痛でした。


術後3日目。
管のついていない状態で、病棟のフロアの歩行練習をするのは初めてでしたが、
体が急に軽くなり、歩きやすくなりました。
前日は日曜日に退院なんて無理だと思っていましたが、
大丈夫かもしれないと思えました。

夕方。病院の近くに勤めている友人がお見舞いに来てくれました。
病院内にはスタバがあるので、
友人と一緒にエレベーターで1Fまで降り、キャラメル・フラペチーノを買って、
病棟の食堂に戻りました。
初めての「遠出」でしたが、苦しくはありませんでした。
友人は同業なので、それぞれの職場の話をして盛り上がりました。


術後4日目。
土曜日だったため、医療スタッフが少ないせいか、静かな一日でした。
暑い日だったので、1Fのスタバや売店に冷たいものを買いに行って
食べたり飲んだりしていると、
ナースからは「病人に見えないですね」と冗談めいて言われるほどでした。


術後5日目。
手術の傷口のテープを貼り直してもらい、
(今回の手術では、傷口は1ヶ所も縫っていなくて、テープで止めてあるだけ^^;)
午前中のうちに退院しました。
たまたま入院を知ってしまった叔母夫婦が迎えに来てくれ、
自宅まで1時間半の道のりを車で送ってくれました。


今回私が受けた胸腔鏡手術は、事務職の方であれば退院翌日からの勤務が可能だそうです。
しかし、私の仕事は身体の負荷が多い仕事のため、
あと2週間自宅療養することになりました。
リハビリとして言い渡されたことは、ただ一つ歩くこと。
肺の機能がまだ戻りきっていないので、歩くことで少しずつ機能回復をしていくのだそうです。
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#10 自宅療養 [肺腫瘍闘病記]

これまでのことを振り返って書いてきましたが、
現在は2週間の自宅療養中です。

これまで自分の体に起こっていることを理解するために
ネット上の様々な闘病記を読みましたが、
励まされはしましたが、私の欲しかった情報はあまりなく、
「私の欲しかった情報」を織り込みながら闘病記を書いてきました。

数日前から「肺の影」「肺腫瘍」の検索ワードで当ブログに訪問される方がちらほら見られ、
みなさん、情報が欲しいのだろうなと思っています。

明日からは、通常のブログに戻りますが、
通院はこれからも続くので、時々「闘病記」も書いていく予定です。


毎日、家の近くにある千波湖を歩いています。

初日は、3kmを休み休み2時間かかって歩きました。
家に帰ると、足がむくみ、手の指も曲げられないほどむくみました。
肺にうまく空気が入らないことで、
心臓が十分に酸素を運ぶことができず、むくんでしまったようです。

翌朝起きると、横隔膜のあたりがひどい筋肉痛で、
これまでごく普通にしていた肺呼吸が、
意外にも複雑な操作であったことに気づきました。

とにかく、これから毎日歩くことで、機能回復していこうと思っています。


もう1つ気になっていることは、軽い神経痛です。
手術を受けると、どうしても避けられないことらしいです。
メスを入れた部分は少なかったのですが、
それでも時々、メスを入れた部分の近くが軽くピリピリとします。
特に天気が悪い日は、ピリピリ来る頻度が高く、
今までに手術を受けたことのある人から聞いていた
古傷で天気予報ができるという話はこれだったのかと思っています。


体に負担の少ない手術をしてもらったものの、
スポーツや重いものを持つことはあと2ヶ月は禁止です。
この体とどう付き合っていくのかが課題になりそうです。
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